日本二十六聖人殉教地 The 26 Martyrs of Japan
「キリシタン殉教の歴史はここからはじまった。」
On February 5, 1597, six foreign missionaries and twenty Japanese christians were crucified on this hill they had beeb arrested in Kyoto and Osaka and taken to Nagasaki. Ten years after the promulgation of the decree outlawing christianity. Canonized by pope Pius IX in 1862, this monument erected in 1962, wants to be a tribute to their heroism. Pilgrims from all the world come now to this place and to pray at the martyrs' shrine.
日本二十六聖人殉教地 26 Seijin ( Site of Martyrdom of the 26 saints of Japan )
1597年、西坂の丘で、外国人神父6人を含む26人が十字架にかけられて殺されるという日本初の殉教がありました。この殉教者たちは日本26聖人と呼ばれています。最初に捕らえられたのは24人でした。時の支配者豊臣秀吉は、彼らを長崎で処刑することに決め、さらに人々への見せしめのために、彼らは京都で耳そぎを受け、京都・大阪などの町を引き回されました。長崎への道中、ペトロ助四郎とフランシスコ吉の二人が自ら進んで加わり、26人となり長崎へ到着しました。西坂の丘に26本の十字架が立てられ、そこに26人が架けられました。執行人たちは槍を持ち2人づつ一組になって十字架の両端に立ち、同時に突き刺して処刑をしていきました。こうして一人ずつ処刑されていったのですが、結果26人が全員信仰を捨てることなく殉教していったのでした。
歌碑
天国の夕焼を見ずや地は枯れても 水原秋桜子
たびの足はだしの足の垂れて冷めゆる 下村ひろし
二十六聖人教会
西坂の丘、殉教地の隣には記念館と教会があります。記念館には、隠れキリシタンの遺物やフランシスコ・ザビエル自筆の書簡などが展示されています。この教会は、昭和37年(1962)列聖100年を記念して、記念碑・記念館とともに建てられたもので二つの大きな尖塔は、天の門を意味しているのだそうです。
西坂の丘より長崎港
西坂の丘より長崎港方向の写真です。正面の赤い橋は旭大橋。画面左端の方に長崎駅があります。港の奥の方に客船「ダイヤモンドプリンセス」が見えます。
撮影日
2016/08/17
2004/01/25
データDeta /アクセスAccess
所在地 Address | 〒850-0051 長崎県長崎市西坂町7-8 |
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交通 | JR長崎駅より徒歩すぐ |
URL |
2016/01/04 現在