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  • 141-4新蔵波止

    【玖島城】大村公園(玖島城跡)の裏手にある米などの荷揚げに使用するために築かれた船蔵です。玖島城は三方を海で囲まれた海城で、このような珍しい遺構が残っています。近くには、県指定史跡のお船蔵跡もあります。

    (長崎県大村市)

  • 141-5貝吹石

    【玖島城】大小二つの穴があります。小さな方を吹くとほら貝を吹いたような音が出ることから貝吹石(ほら石)という名がつけられています。天正年間に肥前の大名、竜造寺隆信が萱瀬村(現、長崎県大村市)に攻めてきた時に、大村純忠の命を受け、砦に立てこもって合図の陣具にこの石を代用して戦いに勝利したという言い伝えがあります。

    (長崎県大村市)

  • 141-6梶山御殿

    【玖島城】江戸時代後期、藩主の大村純昌の時に大村家の別邸として建てられたといわれています。明治維新後は、大村男爵家の住まいとなっていましたが、昭和38年に県の施設、平成2年には大村市の施設になりました。現在は「大村市教育の館」という教育施設として使用されています。

    (長崎県大村市)

  • 142-1板敷櫓

    【玖島城】大手門から海側へとつながる石垣のうち、この板敷櫓の石垣は熊本城や名古屋城の天守台に見られるような「反り」が見られます。扇の勾配と呼ばれるこの「反り」は築城の名人で熊本城の築城者で知られる加藤清正が慶長19年(1614)の改築の際に助言して造られたものといわれています。長らく、櫓台のみでしたが、板敷櫓が再建され、玖島城のシンボルとなっています。

    (長崎県大村市)

  • 142-2大手門跡

    【玖島城】お城の正門に当たるのが大手門です。玖島城の大手門には、上部に渡櫓があり、また厳重な扉で守られていました。大手門の前には当時、土橋が架けられていました。

    (長崎県大村市)

  • 142-3虎口門跡

    【玖島城】虎口とは本丸の正門に当たります。玖島城の虎口門には左側に櫓、右側に塀、そして石段を登ったところに番所がありました。

    (長崎県大村市)

  • 142-4大村純熙

    【玖島城】文政13年(1830)~明治15年(1882)大村純昌の八男として生まれ、兄の藩主、純顕の養嗣子となり後に家督を継ぎました。大村藩の藩校、五教館の学頭に松林飯山を据え、江戸から剣客、斉藤勘之助を招くなど学問の奨励に寄与しました。長崎総奉行を勤めた後、明治維新で大村藩知事となりました。

    (長崎県大村市)

  • 142-5浜田謹吾

    【玖島城】大村藩士浜田弥兵衛重義の長男。大村藩の藩校五教館で学びました。戊辰戦争で二番隊鼓手として従軍し、刈和野の戦いにおいて、敵弾に当たり戦死しました。

    (長崎県大村市)

  • 142-6搦手門跡

    【玖島城】慶長4年(1599)の築城の際には大手門でしたが、慶長19年(1614)の改築の際に搦手門になりました。搦手とは裏口の事です。

    (長崎県大村市)

  • 【東福寺】

    143-1東福寺

    【東福寺】京都五山の第四位。臨済宗東福寺派大本山。嘉禎2年(1236)に創建されました。洗玉澗(せんぎょくかん)にかかる通天橋付近の新緑と紅葉が見事です。特に秋の紅葉シーズンには多くの観光客が訪れる京都屈指の紅葉の名所です。東大寺と興福寺という奈良にある二つのお寺から一文字ずつとって東福寺と名づけられました。

    (京都府京都市東山区)

  • 143-2三門

    【東福寺】三門は空門・無相門・無作門という三解脱をあわせもった門のことです。天竺様、唐様、和様を組み合わせて造られています。正面に掲げられている「妙雲閣」の扁額は三門を再建した足利義持の筆です。四隅の支柱は秀吉により補強されたものです。国宝。

    (京都府京都市東山区)

  • 143-3東司

    【東福寺】禅宗寺院の七堂伽藍のひとつである東司は便所のことです。禅僧は用便も修行のひとつです。室町時代の建築で、重要文化財に指定されています。

    (京都府京都市東山区)

  • 143-4東司内部

    【東福寺】用便も修行のひとつとして様々な決まりごとがあります。

    (京都府京都市東山区)

  • 143-5禅堂

    【東福寺】貞和3年(1347)の建立です。扁額「選佛場」は万寿寺の無準師範によるものです。

    (京都府京都市東山区)

  • 143-6仏殿(本堂)

    【東福寺】大正6年から再建工事が始まり、昭和9年4月17日に落慶しました。台湾阿里山産の檜を用材として利用しています。天井の画龍は堂本印象氏によるものです。本尊の釈迦仏像は15m、左右に控える観音菩薩、弥勒菩薩像は7.5mです。

    (京都府京都市東山区)

  • 144-1通天橋

    【東福寺】東福寺三名橋のひとつです。初夏の新緑と秋の紅葉が見事です。普明国師によって天授6年(1380)に架けられたといわれています。入口の「通天橋」の扁額も普明国師の筆によるものです。何度かの架け替えが行われましたが、現在のものは昭和36年(1961)に再建されたものです。

    (京都府京都市東山区)

  • 144-2通天橋からの眺め

    【東福寺】東福寺は京都屈指の紅葉の名所です。特に、この通天橋から眺める紅葉は圧巻で、洗玉澗の眺めは素晴らしいものがあります。

    (京都府京都市東山区)

  • 144-3方丈南庭からの通天橋

    【東福寺】東福寺の方丈の庭は八相の庭とよばれ、様々な趣向を凝らしてあります。南庭からは通天橋も眺めることができます。

    (京都府京都市東山区)

  • 144-4愛染堂

    【東福寺】もともと万寿寺愛染堂とよばれていました。昭和9年(1934)の室戸台風で倒壊した後、現在の地に移築されました。愛染明王を祭る建物です。重要文化財。

    (京都府京都市東山区)

  • 144-5経蔵

    【東福寺】宝形造の建物です。開山の聖一国師が宋から帰朝した際に持ち帰った経典などが収められています。

    (京都府京都市東山区)

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