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お城シリーズ

宇和島城
所 在 地 愛媛県宇和島市丸之内1丁目
城の種別 悌郭式平山城
別  名 鶴島城 丸串城
築 城 者 藤堂高虎
歴代城主 藤堂氏 → 富田氏 → 藤堂氏
築 城 年 慶長6年(1601)
交  通 JR宇和島駅下車
コメント
築城の名人といわれた藤堂高虎が本格的に城郭を整えました。縄張りは複雑で、高虎の築城技術の真骨頂が見られます。現在でも、険しい道を登って行かなければ天守にはたどりつけません。別名を鶴島城または丸串城といいます。
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歴史年表
西 暦 元 号 出来事
941 天慶4年 警固使の橘遠保がこの地に砦を築く。(宇和島城の前身)
1236 嘉禎2年 西園寺公経が築城。当時は、丸串城とよばれていました。
1595 文禄4年 藤堂高虎が7万石で入城。翌年から宇和島城の築城をはじめる。
1601 慶長6年 宇和島城が完成。藤堂高虎は、今治に転封。
1608 慶長13年 富田信高が入城。
1613 慶長18年 富田信高が改易となり、幕府の直轄となる。代官は藤堂高虎となり、城代に藤堂良勝が就任する。
1614 慶長19年 仙台藩、伊達政宗の長男、伊達秀宗が10万石で入封。
1671 寛文11年 二代藩主、伊達宗利によって城の大改修がなされ、現在の天守が完成。
1871 明治2年 廃城。
1950 昭和25年 天守が国の重要文化財に指定される。
天守閣
単立式層塔型天守(木造3層3階)
寛文11年(1671)建築
重要文化財
元々は同じ3層3階建ての望楼型の天守閣があったそうですが、寛文11年(1671)に宇和島藩二代藩主、伊達宗利によって現在の層塔型の天守が完成されました。小ぶりですが唐破風と千鳥破風を用いたつくりで美しい姿をしています。何度かの修復を経て現在に至っています。
城内案内
0322玖島城 0324高知城
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