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 トップページテーマ日本100名城探訪記竹田城 第56番 竹田城
第36話 竹田城
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南千畳
日本100名城スタンプ設置場所
JR竹田駅窓口
朝来市観光案内センター
似たような石垣群にスタンプの場所は迷うかも知れませんが、割と簡単に見つけられました。本丸付近から南千畳と呼ばれる方角を撮影したものです。スタンプでは手前の石垣の模様まで忠実に再現されています。

■探訪記(2010.08.07)
 所在地 : 兵庫県朝来市和田山町竹田字古城山169番地



山城の郷
訪問情報

人を寄せつけないほどの高所に突如として現れる石垣群。さながら「天空の城」です。保存状態の良い石垣の存在感でさえ圧巻にもかかわらず、建物が一切のこされていない点が「日本のマチュピチュ」とよばれるゆえんだと思います。お城に興味がない人でも、行く価値大の超おすすめスポット。「日本100名城」の中でも私がおすすめする屈指のお城のひとつです。

篠山城探訪と同日に訪問しました。篠山城からはさほどの距離はありません。案内に従っていけば迷うこともないと思います。竹田城への登り口は全部で3か所ほどあるらしいですが、車で登るときは、この「山城の郷」経由になります。ここで「日本100名城スタンプ」も押すことができます。


登城

遊歩道案内表示

竹田城山門

整備された遊歩道

 車で登りきれるところまでいくと、駐車場があります。まあまあの広さです。そこからは徒歩での登城となります。この時点ではまだお城の姿を見ることはできません。よほどの高所にあることが分かります。案内表示によると、「うさぎさんコース」と大手門方面へ迂回する「亀さんコース」があって、それぞれ10分と15分と所要時間がかいてあります。但し、「うさぎさんコース」は健脚向きとの事。この点は問題ないとしても、やはり大手門から攻めてみたいと考え、「亀さんコース」を選択。「うさぎさんコース」は帰りに通ることにしました。確かに、「亀さんコース」はアスファルトで整備されていて歩きやすいコースです。しかし、上り下りがあってぐるっと迂回している分、だらだらとしていて長く感じました。



竹田城全図
本丸を中心に花屋敷(上)、南千畳(左)、北千畳(右)と尾根に沿って三つの曲輪群がある


 大手口付近にあったこの案内図はなかなか見やすかったです。実測や発掘調査も詳細に進んでいるようで、標高まで記入されています。それによると、大手門が331.4m、最高所の天守台が353.0mということです。

 大手口は北千畳付近になります。実際は、北千畳〜本丸〜南千畳〜花屋敷という順番で巡ってみました。


北千畳

いよいよ中枢部へ

いきなりの石垣群

この付近が大手門跡

北千畳
広い曲輪です

北千畳からの眺め
〜円山川がみえる〜

北千畳からの眺め
〜手前の橋は播但連絡道〜

 大手口から入るといきなりの壮大な石垣群。私にとってはこれだけで十分テンションがあがります。大手門跡を通過すると北千畳というこの付近の曲輪では最も広い場所に出ます。ただ、このような広い曲輪が往時は一体どのような用途であったのかは全く説明がありません。とはいえ、この付近からの眺めは最高です。

 ちなみに、ここからも見える麓を流れる円山川があの有名な竹田城の雲海をつくるのだそうです。晩秋の頃、朝早くに最もよく雲海が見られるとのことです。朝来市和田山町観光協会のホームページによると、雲海が発生する条件として、

 (1)当日、日本海に高気圧の中心があること
 (2)よく晴れていること
 (3)朝方と日中の気温の差が大きいこと
 (4)風が弱いこと


 の4つを挙げています。空気が乾燥して朝方に放射冷却が起これば、川を流れる水の温度と気温に差が生じ、霧が発生する条件が生まれるということなのだと思います。また、竹田城跡以外にも、竹田城の雲海を鑑賞できる場所も紹介されていて、立雲峡と藤和峠を挙げています。ただ、晩秋の時期かつ早暁条件がいい日に竹田城に来られる確率は今のところかなり低いといえます。しかしながら、いつか霧が立ち込める竹田城を見てみたいと思っています。さながら「ラピュタ」のようだということです。


三の丸への登り口

三の丸

三の丸からJR竹田駅方向

武の門

二の丸入口

二の丸

 北千畳をあとにして、本丸を目指すと三の丸があります。ここは北千畳に比べると手狭です。ただ、三の丸隅には櫓跡があり、大手門付近を固める位置にあたります。この位置に櫓を置くことについては、防御力を高める目的があったことはさることながら、大手門を通る訪問者を意識していたことでしょう。

 そして、武の門跡を通るとまもなく二の丸になります。この武の門が実際にはどのような形をしていたのかも説明がないため、知る由もありませんが、両脇を固める石垣の厚さから、櫓門形式だったのかもしれないと想像させられます。


本丸

二の丸から本丸天守台

本丸入口

本丸

本丸から北千畳方向

本丸から南千畳方向

本丸から花屋敷方向

 二の丸から本丸へは二つのルートがあります。ちょうど三叉路になっていて、正面に天守台石垣が見える形になります。まずは、その三叉路を右へと進み、天守台石垣を左手に見ながらぐるっと回りこむ形で本丸へと向かいます。

 本丸入口を入ると内桝形のようなスペースがあります。往時はおそらくそれを囲むように塀か建物が配置されていたことでしょう。そしてやっと本丸へと到着するのです。本丸からは三方にのびる尾根伝いに配置された曲輪群がそれぞれ個性的な配列で確認できます。そのなかでもやはり南千畳方向の曲輪群と石垣配置が一番見事です。特に一番手前にあるジグザグとした石垣が特徴的です。このような形の石垣は私の知る限りでは、ここ竹田城しか今のところ記憶にありません。

 それにしても絶景かな。最高所にあるここ本丸は標高351.1m(天守台は353.0m)もあり、見晴らしがとてもいいです。この日は天気がよく遠くの山々や麓が見渡せました。また一方で、霧が立ち込めると麓が全く見えなくなり、あたかも空中に浮いているような錯覚を覚えることでしょう。是非一度行ってみたいものです。


本丸から天守台を見る

天守台へ

天守台

本丸降り口

天守台石垣(右)と階段

平殿

 さて、最高所の中でも最高所。天守台に登ってみたいと思います。往時にはここには天守閣が建っていたらしいので、そこからの眺めはきっと目を見張るものだったに違いありません。現在では建物は建っておらず、天守台にもお粗末な梯子で登るようになっています。でも、梯子でしか登れないのであれば、往時にはどこから天守台に登ったのだろうとかとふと疑問に思ってしまいます。

 この天守台石垣が竹田城の中でも最も豪壮な石垣だと思われますが、その積み方を見てみると、野面積みのように見受けられます。野面積みとは自然石をそのまま積み上げたもので、石を加工して隙間を減らして積み上げていく打ち込みハギ積みや、隙間を全くなくしてツルツルにして積み上げていく切り込みハギ積みなどと比べると荒々しい感じがします。しかし、案外野面積み石垣は人気があるようで、打ち込みハギや切り込みハギなどの石積み技術が確立されて以降もあえて野面積みによって石垣を積んでいった例は少なくありません。


南千畳

南二の丸へ

南二の丸

南千畳へ

振り向くと本丸石垣

正門

南千畳

 本丸をあとにして、南側にのびる曲輪群を見てみます。大体、この南側の尾根のびる曲輪は南二の丸と南千畳という二つの曲輪からなっています。しかしながら、おもに二つしか主要な曲輪がないにも関わらず、規模は北千畳や花屋敷と比べても遜色くないばかりか、おそらく最大と言っていいと思います。

 ただ、本丸から南二の丸へと抜ける道筋が、竹田城の主要部の中で最も幅が短い付近にあたり、両側に谷を見下ろすことができます。考えてみれば、この山上における籠城戦を想定した時に、どれだけの兵力を収容して戦いに挑めるかには期待が持てない気がします。それほど、竹田城全体の規模は大きくないものなのです。山上であれば、水の調達もままならないでしょうし。

 さて、南二の丸は北千畳や南千畳と比べれば確かに小さいものの、なかなかの広さを誇ります。竹田城図によると、「講武所」という別名があります。

 さらに一段降りたところが、城内最大の曲輪、南千畳になります。たしかに、相当の規模であり、眺めも素晴らしいです。ここは、搦手にあたり、写真では紹介していませんが、搦手口が残されています。ちなみに、南千畳と南二の丸を隔てるところに、正門跡があります。搦手より登城した場合、おそらく最大の門だったと想像できます。北千畳経由の大手門とともに、城内へと向かう主要なルートだったに違いありません。


花屋敷

花屋敷方向へ

花屋敷へ到着

花殿ともよばれる花屋敷

降り口

手つかずの石垣

駐車場が見えてきた

 最後に「花屋敷」。北千畳、南千畳という両翼にのびる曲輪群に比べれば、おまけのような場所です。南千畳からは、一旦本丸方向へもどったのち、平殿、奥殿とよばれる本丸を囲むいわば帯曲輪のような一角を経由していくことができます。

 この花屋敷経由で駐車場へともどることができます。この付近はおそらく手つかずの苔むした石垣を見ることができますので、確かに「健脚」向きとはいえ、一見の価値はあると思います。


JR竹田駅

 篠山城を後にして、二の丸や南千畳からみることができたJR竹田駅へ向かって見ることにしました。ここには、竹田城に関する資料や情報が豊富にあると聞いたからです。ちなみに、ここにも日本100名城スタンプを設置してあります。JRなどの公共の交通機関を利用した場合、大概ここから徒歩で竹田城に向かうのだそうです。確かに、地図上では駅前からのびる山道が認められます。

 また、慶長年間、赤松広秀が城主だった頃を想定した竹田城の模型が展示されています。これによると、塀や多聞櫓で固められている様子が分かり、天守閣は二層になっています。二層の天守閣といえば、現存するものでいえば備中高松城が有名ですが、全国的には慶長年間にあったお城としては、三層や五層のものが多いため、割と珍しい部類に入るかも知れません。


2010.08.07訪問

第35話 篠山城 第37話 飫肥城

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