3.蹴上 |
琵琶湖疏水は山科疏水の道を越えた後は、九条山を抜け、ここ蹴上(けあげ)南禅寺付近に入ります。 |
大津取水口>山科疏水>蹴上>>
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第二疏水合流点付近
琵琶湖疏水は山科疏水の道を越えた後は、九条山を抜け、ここ蹴上南禅寺付近に入ります。ここで第二疏水と合流します。
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第三トンネル西口
トンネルの上に掲げられている扁額には、三条實美筆の「美哉山河」(うるわしきかなさんが)という文字が書かれてあります。 |
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九条山ポンプ場施設
九条山ポンプ場からは、円山公園の噴水、東本願寺、渉成園などに琵琶湖疏水の水を送っています。 |
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ポンプ室
御所水道ポンプ室として明治45年(1912)に竣工しました。その名の通り、京都御所へ水を送るためにつくられた施設です。 |
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山ノ内浄水場導水管
第二疏水から取水された水は、このような管を通って、約8キロ先の右京区、山ノ内浄水場まで導水されていました。 |
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第二疏水出口
第二疏水は明治45年(1912)に第一疏水では賄えなくなった飲料水を確保する目的で造られました。 |
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大神宮橋と常夜灯
常夜灯の前には「一八五八年 嘉永五年九月 建立」と札が立てられていました。大神宮橋を渡って行くと大神宮があります。 |
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合流トンネル入口
大神宮橋まで流れてきた琵琶湖疏水の水は、ここでインクラインがあるため行き止まりとなります。
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合流トンネル北口
南側の入口は確認できませんでした。第1疏水と第2疏水が合流する長さ87mのトンネルです。
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藉水利資人工
この扁額は工事責任者の田辺朔郎の揮毫によるものです。「藉水利資人工」(すいりをかりてじんこうをたすく)と書かれています。 |
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滝 第二疏水からあふれた水が第一疏水に一部流れ込むようになっています。 |
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自動除塵機1
蹴上の発電所に送水する前に、この機械で自動的に藻などのゴミが取り除かれます。 |
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自動除塵機2 ゴミが取り除かれている様子です。ずっと稼働しているわけではなく、ある一定の時間がくると稼働しているようです。 |
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蹴上発電所水圧鉄管
有効落差36mです。この送水管をとおった先に蹴上の水力発電所があります。 |
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蹴上発電所
日本初の水力発電所です。この建物は、明治45年(1912)に完成した第二次の蹴上発電所の建物跡です。 |
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蹴上浄水場入口
蹴上から九条山を越える途中にあります。後ろに見える土手にはツツジが植えられており、毎年5月の連休に一般公開されます。 |
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田辺朔朗像1
琵琶湖疏水のインクラインを見下ろす蹴上の地にある田辺朔郎の像です。昭和57年(1982)に建立されました。
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田辺朔朗像2
田辺朔郎は、責任者として琵琶湖疏水工事を担当しました。 |
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田辺朔郎像3
琵琶湖疏水は大変な難工事でしたが、明治23年4月に第一疏水が竣工しました。 |
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顕彰碑
碑文には、「我が国土木技術の黎明期を開拓した偉大な先覚者であると同時に、近代都市京都の基礎をつくった恩人田辺朔郎の像を建て、ここに顕彰する。」とあります。 |
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紀功碑 田辺朔郎の還暦祝いに京都府が建立したものです。高さ約4.5m。田辺朔郎像の隣にあります。 |
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琵琶湖疏水殉難碑
明治35年(1902)に、工事犠牲者を追悼するため、田辺朔郎が自費で建立したものです。 |
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殉難碑(裏側)
裏側には琵琶湖疏水工事の事故などにより亡くなった人夫の名が刻まれています。 |
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義経地蔵
田辺朔郎像のすぐそばにあります。 |
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