中高一貫教育における社会科教育論
2001年


はじめに(なぜ、中高一貫なのか)
 生徒の個性を伸長させる上で重要な時期といえる中学・高校の6年間は、継続的かつ計画的な指導により、生徒の能力・適性に合わせた教育を行うことが重要である。そのために、中・高一貫6年制を採用することは、高校受験からの解放と教育課程の見直しによって生じる「ゆとり」を活用して、生徒の知的好奇心を喚起させるような、様々な教育活動が実践できる。
 本論文は、それらの利点を我が****が、学園生活において享受していく方法について、考察するものである。

T 中高一貫教育と社会科教育
 一般的な意見であるが、中学生は高校受験、高校生は大学受験のために「ゆとり」のない状態にあるといわれる。また、生徒の個性を伸長する上で重要な時期である、中学・高校の6年間が中間で分断されている。そのために、指導の継続性・計画性が確保されていない。更には、中学校と高等学校の教育の内容を見れば、中学校の社会科と高等学校の地歴・公民や中高の理科等に重複が多い。学校生活にゆとりを創出するためには、それらの重複の整理・解消が効果的であろう。従って、中高一貫教育による「ゆとり」を持った教育課程は、理科・社会科には特に高い教育的効果が期待できるのである。
 様々な方面で中高一貫教育の利点・欠点が指摘されているが、中学校と高等学校の6年間を一体化したゆとりのある学校生活では、生徒が様々な体験を行い、自分の興味・関心や適性を発見し、個性や能力を伸ばしていくことができるという意義がある。また、一般には次のような利点があるといわれる。
 @高等学校入学者選抜がないこと又は簡便な方法によることにより、ゆとりのある安定した学校生活が送れ  ること。
 A6年間の計画的・継続的指導が展開でき、効果的な一貫した教育が可能となること。
 B幅広い年齢の生徒が一緒に活動することで、協調性やリーダーシップなどの社会性を養うことができるこ  と。
 教科指導に関係が深い@およびAについては、各教員が中学と高校の両方の教科目を担当することによってある程度の連携が図られるといえる。その際の教育課程にも特徴的なものが各地の中高一貫教育を採用している学校にはみられる(後述)。
 次に、社会科教育における「ゆとり」をどのように活用するか。私はそれを、生徒が主体的に学習していくために必要な技能を提供する時間に充てることを考えてみたい。問題解決的学習を通して知識・理解を深めていくことが社会科教育の秘訣といわれる。ならば、問題を解決する手段として必要な資料(史料)を迅速正確に読み取る能力を養うため、調べ学習の重点的指導は不可欠なものといえる。資料(史料)解釈能力を身に付けるということは、自ら学ぶ力、すなわち自己教育力の習得につながる。生徒が主体的に学習する手段を知れば、授業で指導した内容より更に多くの知識・理解を生徒自らが思考力・想像力を働かせることによって獲得することができるようになる。従って、その効果は絶大なものになると期待できるのである。

U 中高一貫教育における具体的な試み
 基礎課程における最初の指導として、先ず、中高一貫による「ゆとり」を生かして、できるだけ多様な教育を生徒自身が受け入れられるきっかけを提供したい。よって、本年度は新たな試みとして、**県の文化財調査および旧**街道調査を中学校社会科(1年次)で行っている。
 **県下広範囲な地域出身の生徒を抱える本校において、結果的にこの取り組みは**地区ばかりでなく、**、**そして**地区など様々な地域に所在する文化財の調査を無理なく行うことができた。また、現地調査を意義深いものとするために、全員に事前調査を課し、現地調査のレポートと併せて提出させた。8月末現在ではまだ全ての生徒のレポートを回収できたわけではない。しかし、既に提出された生徒の感想の中には文化財愛護の精神が芽生えたことや再び調査する意欲がわいたとの報告がみられた。これは、学習活動を主体的に取り組ませ、資料(史料)解釈能力の向上を図ることによって、以後の社会科に要求される諸資質の発達を早めるものとなろう。
 以上のような指導を通して、社会科中高一貫教育の基礎課程において、調べ学習を積極的に行うことが重要であることを、改めて確認することができたのである。

V 中高一貫教育と教育課程
 中学校社会科の学習内容に、高等学校の地理歴史・公民科の内容と重複する点がみられるという指摘が一般的にあることは、上述の通りである。従って、社会科においては重複の整理・解消を念頭に教育課程の編成を行えば、それなりの効果が当然期待できるのである。そのこともふまえて、以下、各地の中高一貫教育を施す学校の教育活動の事例を挙げて、分析を試みてみたい。
 @**大学附属**中学校・高等学校
 2年「社会科歴史分野」の授業の一環として、**県立歴史博物館と連携して、「歴史教室」を実施している。博物館の実物資料や学芸員の説明などにより、地域の歴史や文化について学習し、また、博物館の仕事や役割についても理解を深める活動を行っている。
 3年「社会科公民分野」では、地域の税務署の協力で、授業の一環として「租税教室」を実施している。税務署の職員による講演や、ビデオ視聴により、租税についての関心を高め、租税や財政のあり方についての考えを深めることを行っている。
 A**学園
 中1では地理的分野、中2では日本史を中心とした歴史的分野を配する一方、中1と中2を通して世界の地理と歴史の分野を総合した「世界」という科目を設置している。中3からは公民的分野と日本の近現代史を、高1では必修の「現代」という科目で地歴・公民科の基礎的知識を習得させると同時に、近現代の様々な問題を総合的に学習させ、中高一貫教育の特徴を生かしたカリキュラムとなっている。なお、高1の後半では、「基礎課程修了論文」(通称「修論」)があり、地歴・公民分野より、各自自由にテーマを一つ選んで研究している。
 B**県立***中等教育学校
 自然に触れる体験、勤労体験等を中心に据えて、前期課程における「地域基礎T・U」、「五ヶ瀬学」、及び後期課程における「環境と人間」という6年間を通じた活動を展開することにより、将来を考える学習の深化を図っている。また、前期課程3年生を中心とする「感性を磨くプロジェクト」において、福祉施設の訪問や幼稚園・聾学校との交流学習を行っている。また、学級活動、全校集会、PTA研修会等において、自己の生き方や将来の進路に関する意見発表を行っている。

 先ず、@の事例では、中高一貫教育によってもたらされた「ゆとり」を地域社会との連携という形で効果的に教育課程に昇華させている。
 次に、Aでは、「世界」「現代」などの学校独自の科目を設置することを通して、特色のあるカリキュラムを編成し、中学校・高等学校間における学習内容の重複の整理・解消に努めていることが分かる。とりわけ、高1の後半に「修論」を課すことによって理解を深めさせることと同時に論文・作文指導が可能となっていることが特徴的である。
 それから、Bの学校は、平成11年度から設置が可能になった中等教育学校であるが、@やAの学校のような併設型よりもさらに中学校と高等学校(中等教育学校では、前期課程と後期課程という分け方をしている)との一貫性が強い形態である。そのため両者を一層綿密にクロスさせた教育課程の編成が可能のようである。それによって、6年間という長期的な研究活動が実現できているのは、注目すべきものある。小学校を卒業した直後という可塑性に富んだ発達段階から研究が始まることを考慮し、人文、社会および自然科学的な内容から、生徒の興味・関心に応じて選択研究できることも生徒の実態に即した理想的な学習活動といえる。
 以上を鑑みると、教科・科目を各学校や生徒の実態に応じて再編成させることや、地域社会との連携が今後、中高一貫教育学校を経営する際のひとつの指針となりうることは間違いなさそうである。

W ****学園における社会科中高一貫教育への提言
 以上を踏まえて、わが校の地域や生徒の実態に即した効果的な社会科における中高一貫教育課程を考えてみる。
 @基礎課程(中1)における実地研究の導入
 資料(史料)解釈能力の重要性については上述の通りである。その能力を養う目的で、生徒に問題解決学習などを主体的に行わせるためには、具体的・体験的な学習を通すことが重要なのではないだろうか。問題解決の能力を養う目的で、調べ学習を行うことは有効といえるが、それ自体楽しい活動である課外活動の一環とさせることで、相乗効果が期待される。従って、調べ学習の成果を学校生活以外の場で具体的に生かすことによって、生徒の興味・関心を喚起させることは、6年間の社会科教育を見通した上で、最初に行うべき重要な学習活動のひとつといえるのである。
 A練成課程(中3〜高1)における研究発表
 高等学校入学者選抜に簡便な方法をとっていることによって、中学校卒業時の障害が緩和される。しかし、それによって緊張感が持続できない場合が当然考えられる。そのような、生徒のいわゆる「中だるみ」を克服するためにも中学校卒業時〜高等学校入学時にそれまでの学習活動の総括と今後の学習の見通しをつけさせ、望ましいレディネスを確保させる指導が必要ではないだろうか。その方法のひとつとして、地理歴史・公民の各分野から、生徒の興味・関心に応じて研究課題を設定させて、論文等にまとめ、その成果を発表させる機会を提供することがあると考える。
 B公民的資質を養うために
 学習指導要領にあるように、社会科における最終目標は、公民的資質を養うことである。そのために、先ず社会に氾濫する情報から、自らが求める情報のみを取捨選択し、生活に生かすことができるとともに、自分の考えを適切に表現できる資質を養うことが必須であろう。その資質の獲得のために今一度、公民科の重要性を確認したい。現在、中学校社会科の総括的分野として、「公民」が位置付けられている。「公民的分野」は、中学校の最終学年で学習するため、高等学校との連携が比較的容易である。具体的には、高等学校における、「現代社会」や「倫理」「政治経済」との連携が考えられる。
 社会科の公民的文野における中高の連携には、中学校で高等学校の学習の見通しが得られること、また、中高の接続が円滑に行われることなど、様々な利点が考えられる。また、公民科においては、日常生活と授業との関連を確保しつつ、時事問題を積極的に事例として取り入れるなどの工夫を行うことによって、生徒の学習活動に具体性を持たせることができる。
 以上の通り、「公民」は、中高一貫教育における中学校と高等学校とを連携させる分野として期待が持てるのではないだろうか。

おわりに
 中高一貫教育において、中学校・高等学校は、人間の成長過程のなかでも人格形成に最も強い影響を及ぼす時期に関わり続けていくこととなる。言い換えれば、その人の人生の中で決して忘れることのない6年間となるわけである。
 かつて私は、世界史上多くの王朝が興亡した中で、生き残り続けることができた王朝の多くが、ひとつ一貫したイデオロギーを持ち続けていたというテーマで研究したことがある。その成果によると、****と共に成長していく6年間に、適切な人格形成が施されれば、彼らは****への愛着というイデオロギーを持つとともに、卒業後も****を愛し、その存続と発展に貢献してくれるようになるといえる。
地域に開かれた学校として、また、卒業後も****と関わっていけるような生涯学習の場として、現在様々な社会教育講座が学園内に存在している。わが学園で中高一貫教育を受ける生徒にとっては、それらの活動などを通して、生涯にわたって****を愛し続けていくというイデオロギー形成の基礎が、6年間の学園生活にある。
 したがって、中高一貫教育による長期的・継続的指導の最大の利点は、****への愛情というイデオロギーの形成が、より一層推進されることにある。


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